あと20年使用するための1ミクロンの世界とは?
各種工作機械の 製造販売やこれらのオーバーホールを手掛け、東南アジア市場に1000台を超える販売実績を持つジェイテクトマシンシステム(大阪府八尾市)。そのタイ法人に2023年8月下旬、技術力向上のため一人の専門家が派遣された。「工作機械・メカトロ事業部 工作機械・FA事業部 生産部 第1組立課長」の肩書を持つ、工作機械組立の総責任者 佐々木 茂人氏だ。
国家試験の機械組立仕上げ技能士の資格を持つ匠が伝えに来たのは1000分の1ミリの世界。同精度で整備された機械は、この先、長期間の使用が保証されることになる。
自他社製問わずメンテナンスできるオーバーホールの匠
佐々木氏は、1984年入社のプロパー社員で、23歳の時にグループ内にあるオーバーホール子会社へ出向し、きさげ作業や組立業務など一連の技術を会得した。その後も研鑽を重ね、一貫してオーバーホール部門で技術を極めてきたこの道の社内プロフェッショナルだ。
佐々木氏ほどの匠となると、自社製品にとどまらず他社製のどんな機械でもメンテナンスできるという。旋盤・切削機械などに加えて、研削盤の整備も得意とする。タイ法人の看板製品でもある両頭平面研削盤やセンタレス研削盤は、わずか数~数十ミクロンの違いで研削結果に違いが出る繊細な機械だ。佐々木氏は、これら研削盤上に現れた、機械では見分けることのできない極小の凹凸を手作業で見つけ出して補正する極めて優れた能力を持つ。
課題だったセンタレス研削盤のオーバーホール&きさげ加工
自動車部品など精密部品の仕上げ加工に主に用いられるのが研削盤だ。砥石を用いてワーク(被削物)の表面を削っていく工作機械の一種だが、長期間使い続けることで摩耗が生じ、精度が落ちることから定期的なメンテナンスが必要となる。このうち15~20年毎に行われる本格的な整備がオーバーホールで、部品一つ一つが解体・組み立てられ、新たな長期使用が可能となる。
だが、これまでタイでこれを安定的に手掛けることのできる事業所は極めて限定的だった。それを広く可能としたのが、同社タイ法人が本社工場の敷地内に2018年に開設したオーバーホール専用工場だった。
とはいえ、研削盤といっても種類はさまざま。平面が平行なワーク(被削物)の研削に用いられる両頭平面研削盤のオーバーホールであれば、きさげ技術などを取得したタイ人技術者もすでに育っており、十分に対応が可能と言えた。しかし、ベアリング加工技術を活用したセンタレス研削盤はさらに難易度も精度も高く、これを難なく扱える技術者を増やして行くことが、課題の一つとして残されたままとなっていた。
日本からタイへ。継承されるきさげ技術
今回佐々木氏が派遣されたのは、こうした状況に加え、タイミング良く顧客からセンタレス研削盤のオーバーホール依頼があり、しかも、シリーズ最大の砥石幅810ミリというタイプ。砥石幅が大きいほど、組立の難易度も高くなるので、技術力アップの指導には、最適な機会となった。
▲オーバーホールを行ったセンタレス研削盤
8月下旬にタイ入りした佐々木氏は、連日にわたってタイ人技術者の指導にあたった。
センタレス研削盤に求められる1ミクロン単位の精度は、これまで彼らが直接触れて来た10ミクロンのそれとは雲泥の差があり、それを手で触って肌感覚で理解することの大切さから指導を受けた。ローカルスタッフたちの真剣なまなざしと表情。その横顔をまじまじと見るたびに佐々木さんは思ったという。
「彼らは、思っていたよりも技術がある。事前に日本で聞いていたのとは大違いだ」。
▲佐々木氏によるタイでの技術指導の様子
約10日間の指導を終えた佐々木さんは、「縁があれば次回もタイを訪ねてみたい」と話す。伝えたことが守られているか自身で確認したいという思いがあるからだ。そして一方で、こうも感じるとしてインタビューを締めくくった。「彼らならできると思う。日本の伝統伎がタイに伝わってこんなに嬉しいことはない」。